藤原亮税理士事務所

 

恩師が語った3つの人物論 NO.0028

皆さん、こんにちは。

 

NHK大河『龍馬伝』で、香川照之さん演じる岩崎弥太郎が登場する際に流れるメロディが大好きな藤原です。

 

 

さて、今日のブログですが、京都の税理士事務所で職員をしていた頃の恩師に教えていただいたことをふと思い出したので、今回はこのことについて触れたいと思います。

 

 

それは、昔の中国古典『呻吟語』に出てくる人物論に関するお話です。事あるごとに、恩師は当時の僕に色んな話をしてくださいました。時には6時間以上直立しっぱなし(恩師は椅子に腰かけられてましたが 笑)でお話を聞き、税理士事務所に勤めてるにも関わらず、今日は全然パソコン仕事しなかったなーと思いながら、足が棒のようになって帰宅する日も幾度となくあったのを懐かしく思い出します(笑)

 

 

その数あるいただいたご指導の中でも、今回取り上げるお話が今でも一番印象に残っています。

 

 

本書では、人物論の骨子として、聡明弁才・磊落豪遊・深沈厚重を3つの柱として挙げています。聡明弁才は読んで字のごとく頭が良く弁がたつこと、磊落豪遊は物事にこだわらず度量が大きいこと、そして深沈厚重はどっしりとして重みがあり、落ち着いていて動じず、寛容でいて、かつ、威容も持ち合わせている。くだらないことには心を動かされない確固とした己の信念を持ち合わせている姿を示すみたいな意味を示しています。

 

そして、深沈厚重が第1等の人物、磊落豪遊が第2等の人物、聡明弁才が第3等の人物であり、第1等の人物となれるよう自身を磨いていかなければならないと教えられました。

 

 

これを聞いて、一見、聡明弁才か磊落豪遊な人物が良さげなのに、深沈厚重が第1等なんやなぁと感じました。深沈厚重ってなんか根暗なイメージやなと思ったのを覚えています(笑)

 

 

ですが、恩師は、深沈厚重な人物は、立派な学徳を備えていてもちょっと見には愚そのものに見えるというような「自らを飾らない」という点がある。「本当に自信や実力のある者は虚勢を張る必要がなく、ありのままで十分」というような姿勢を取るということ。そして、そのことは単に企業人のみならず、個々の人間についても同じであり、自分という人間の中に何らかの自信なりそれに類する何かがあるのだということ、またはそれにつながる何かが現在なり過去にあるのだということ。なぜなら、結局はそれが時に臨んだときの人間としての器の大きさ(懐の深さ)、もっといえば魅力となっていく。だから、そういう人間になれる努力をしていきなさいというようなことを仰りました。

 

 

さらに、初めから深沈厚重な人間がいるわけではなくて、聡明弁才か磊落豪遊を経て深沈厚重に至るのだと仰られました。

 

 

時に臨んだとき、人生の中でいわゆる「時」とよばれる場面に出くわした時に自分自身が試されるように思います。いい時は誰だっていいように振る舞えます。人間ですからミスをしてしまうときや負の感情に支配されてしまいそうなときもあります。でも、そんな時こそどう振る舞うかできっと真価が問われるのだと思います。

 

 

僕は未だ聡明弁才、磊落豪遊のどちらにも至ってないので、深沈厚重などははるか未知の境地ですね(・_・;)

 

 

きっと、まだまだやなと思っておられるだろうと思います(笑)

 

 

先生、お元気にされてますでしょうか。ご指導を常に心に留め、精進いたします。

 

 

 

テーマ   人物論 成長 

2014年06月20日(金)

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